仕事が忙しい時期が続いていたのですが、改めて落ち着いて考えたことを紹介します。
今、格差といわれていますが、改めて時代は新しい時代に入ったといわれています。知恵の時代、IT化社会、情報化時代、何と言うかは人それぞれですが、役立つ知恵を提供する人が高い価値を持つ。従って、そういう人が高い所得を得る。
一方、従来の少なくともバブル以前の日本経済は生産が中心の社会であった。製造業中心の社会は、例えば工場の流れ作業という言葉に代表されるように真面目にモノを作っていれば評価された時代である。オートメーションであるから個人個人の生産はオートメーションに合わせるのであり、個人差は非常につきにくかったであろうし、まして1対100ということはつかない時代であり、その中で差はつきにくかったのであるが、知恵という世界では、例えば物事を解決する知恵を持っている人(コンサルタント)や金融という世界で活躍できる人と、そういうものがない人とでは提供できるものが100と0くらいの差があり、従って格差が生じる。
小さいながらも事務所をやっていて感じるのは、単なる作業のやり方、基礎的知識などは研修や教育で教えることができる。しかし、教えられるのはあくまでもマニュアル化できるもの、教科書に載っているような基礎的知識である。もちろん、そのような基礎的知識であっても覚えの早い人、遅い人、あるいは覚えきれない人など、ある程度の差はあるのであるが、一定の水準であれば、なんとかものになるであろう。
しかし、そういうレベルで得たものというのはなかなか価値になりにくい。すなわち申告書を作るという作業が今あるのであるが、そのような中でもほとんど価値を生んでいない。例えば、個人の所得税の確定申告書を作っているのであるが、あるときこういう質問があった。今年は建物を建てたのであるが減価償却するとどうしても赤字になってしまう。減価償却を少なくできないだろうかという質問である。個人の場合は、減価償却強制適用であるから減らすことはできない。どうすればいいのかというのが、次の知恵の問題になる。仕事のできる人は勘が良いというか、すぐに答えが出せる。いわゆる知恵があるのである。その知恵というものは、教えられるものではないであろう。教えられるものというのは、既に明らかになっているのであるから、知っておけばいい。しかし、それをどのように使うかということは常に新しい場面があるから容易に教えられるものでもないし、また教えられるのでは価値を生まない。
困った問題は、自分は自分を評価できないということである。自分が価値のある人間かどうかを評価するのはあくまでも経済的な意味でそれは社会から評価されている。仕事のレベルが高い、低いというのは自分の中では単にプライドとしか考えられず、経済的な意味では社会からお客様から評価されているのである。
こんなことを考えているときにたまたま『デッドライン仕事術』(吉越浩一郎)という本を読んだ。自分の仕事での価値を高めることが必要だ。その仕事の「スピード」を高めていくには、期限を決めてやること、目標は背伸びして設定すること、という言葉があった。仕事のアウトプット=能力×時間×効率である。アウトプットに注目すれば、時間×効率のところをどうやってやっていくのかという話になる。
忙しい日々が続いていて、ふと振りかえってみると、いかにアウトプットを増やすのかということに思いをめぐらしている。